投稿サイトの定着もあり、ますます重要性が増している書き出しについて、今回は4つのパターンに分類してテクニックをご紹介したいと思います。
各パターンにつき3本、人気作家さんたちの商業作品から例もご紹介しています。どんどんテクニックを盗み、自分のものにしていきましょう!
書き出しの重要性
自分が読む小説を選ぶ際、書き出しの数行を見て決めることはないでしょうか?本屋さんの立ち読み、web上の投稿小説、TwitterやFacebookなどSNSで流れてくる最新話更新のお知らせなどなど…。
シチュエーションはさまざまですが、世の中にあふれる書籍をすべて読むのが不可能である以上、無意識のうちに読み手は次に読む本を選別しています。
その時間は書き手が思っているよりもずっとはるかに短い、一瞬のことがほとんど。時間にして数秒、文字にして1、2行で勝負が決まってしまうことも珍しくありません。
せっかく自分の作品に目をつけてくれた読者の方ですから、この数秒間にがつっと掴むことが大切というわけです。これは無名であればあるほどいえることですので、我々アマチュア作家にとっては至上命題。
また、新人賞に投稿するときも同じことが言えます。一次選考では、膨大な数を読んで疲弊している下読みさんに「おっ?」と冒頭で思わせられれば通過はもう目の前。
さらにはいよいよ最終選考まで進んだとき、出版社側もある程度セールスを期待できるものを推したくなるもの。
インパクトのある書き出しは、凡庸な書き出しよりも確実に評価されます。
ゆえに、タイトルの「書き出しにすべてを込めろ!」ということになるわけですね。ではでは、ここから先は4つの書き出しテクニックを見ていきましょう。
ワンフレーズで惹きつける編
最初にご紹介するのはこちら、冒頭に印象的なフレーズをもってくることで惹きつける方法です。百聞は一見にしかず、ということで早速、プロの作家さんたちの書き出しを見てみましょう。
春が二階から落ちてきた。重力ピエロ / 伊坂幸太郎
胸の谷間にライターをはさんだバニーガールを追いかけているうちに、見知らぬ国へたどり着く、そんな夢を見ていた。オーデュボンの祈り / 伊坂幸太郎
油蝉の声を耳にして、すぐに蝉の姿を思い浮かべる人は、あまりいないだろう。雨音を聞いて、雨滴のそれぞれが地面に接している瞬間を想像する人がいないように。向日葵の咲かない夏 / 道尾秀介
いかがでしょうか? はじめの2作品はいずれも伊坂幸太郎さんの作品ですが、たった1文で「おっ?」と続きを読んでみたくなる文章です。
ユニークな書き出しから好奇心をくすぐられるというか、そこらの小説とは違う何かを見せてくれそうだという期待感が起こります。
また、3つ目の道尾秀介さんの作品では、この先も秀逸です。少し暗い雰囲気を出しながら、恐々と先を読みたくなる書き出しなのですが…わずか1ページの中で、自然とショッキングな方向へ独白が進みます。
文字数にして1000字に満たない冒頭で、読者が完全に物語への引きずりこまれる理想的な書き出しです。
書き手としてはしょっぱなに印象的なフレーズをもってくるというのは、かなりセンスも問われるところではないかと思います。
個性的な着眼点、ワードセンスが必要ですが、あまりに不条理な内容では読者も引いてしまうでしょうしね。
それでも、うまくいったときのインパクトを考えるとぜひトライしてみたい手法といえます。
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意外性から惹きつける編
お次は意外性編。オープニングから、読者の予想していないような展開をぶつけてくる方法です。読者に「こ、これはこの先どうなるの!?」と思わせられれば勝ちですね。こちらも早速、実例を見ていきましょう。
腹を空かせて果物屋を襲う芸術家なら、まだ恰好がつくだろうが、僕はモデルガンを握って、書店を見張っていた。アヒルと鴨のコインロッカー / 伊坂幸太郎
きょーわけんさがあった。ぼくわしぱいしたとおもうのできっとぼくを使てくれないだろー。どういうことがあったかというとひるやすみにいわれたとーりニーマーきょーじゅのところへいくとひしょのしとがドアに心理とかいてあるところえつれていてくれてそこに長いろーかがあて机や居すしかないちーちゃい部屋がずらりとならんでいます。アルジャーノンに花束を/ダニエル・キイス 小尾芙佐訳
蒲生稔は、逮捕の際まったく抵抗しなかった。殺戮に至る病 / 我孫子武丸
以上の3作をピックアップしてみました。まず、異質すぎるアルジャーノンに花束をは置いておくとして、他の2作から先に見てみます。
アヒルと鴨のコインロッカー、殺戮に至る病の2作ですが、共通点としてはいずれも端的に結論から入っているところです。
アヒルと鴨の―では、モデルガンで書店を見張っている。殺戮に至る病では、蒲生稔という人物が逮捕される。背景を説明するよりも前に、答えを早々に提示しています。
冒頭は特に、読者も物語に入りきっていないので、背景を長々と説明するのではなく最短距離で結論を書いてしまって一気に引き込むのが有効ということが分かります。
この冒頭のスピード感、入りやすさは見習うべきポイントですね。
ちなみに殺戮に至る病では、いきなりエピローグから始まります。プロローグではなくエピローグ…? と疑問に思っているところにいきなりの逮捕劇。
ミステリーでありながら大オチを一番最初に提示しているわけです。これで一体どうしようというのか…と読者は興味津々となり、ページをめくる手が加速していきます。
そしてアルジャーノンに花束をですが、なかなか他では見ない冒頭です。
あまりの読みにくさに文章校正ソフトが悲鳴をあげており、抜粋部分のほぼ全編が真っ赤にマーキングされてしまっています。
これは一体どういうことなんだ…と、事前情報を知らない読者は混乱さえ起こしそうなインパクトですが、読み進めていくとなるほど! と全容が見えてきます。
あえて説明せずにいきなりあの書き出しで始めることで、先が気になる上にあとあとの展開が生きてくるという、見事な演出です。
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静かな幕開けで惹きつける編
お次はこれまでと打って変わって、あえて一見何もない、静かな幕開けから始まる作品たちです。静かだからこそ、読者を惹きつけるには確かな筆力、言葉の運びが必要です。ここでも3作品を例に、プロの作家さんたちの書き出しを見ていきましょう。
夜の海。静寂の時。十角館の殺人 / 綾辻行人
単調な波の音だけが、果てしない暗闇の奥から湧き出してきては消える。
防波堤の冷たいコンクリートに腰かけ、白い呼気に身を包みながら、彼は独りその巨大な闇と対峙していた。
誰かの呼びかける声に、彼女は眠りを破られた。異人たちの館 / 折原一
枕元の時計を見ると、夜中の二時を過ぎたところである。
あの子の声かしら。帰ってきたのだろうか。
耳をすますと、風が窓を震わせる音が聞こえるばかりだ。どうやら幻聴だったらしい。寝ても覚めてもあの子のことばかり考える毎日である。
焚き火の中で爆ぜる小枝……。クリムゾンの迷宮 / 貴志祐介
不規則だが単調な音が、頭の奥の方で響いていた。
音源は、ゆっくりと外の世界へと移動していく。音階が少し高くなり、かすかな残響やノイズを含めて、ずっと鮮明に聴き取れるようになる。今はまるで、広げた新聞紙の上に、細かい砂粒を撒き散らしているような音に聞こえる。
さて、3作の静かな幕開けを見て頂きました。
この3作において重要な点は、ただならぬことが起きそう、あるいは起きているという予感ではないでしょうか。
十角館の殺人では、「彼」という人物が海、それも息が白くなるほど寒い夜にいるという訳ありげな光景を淡々と書いています。
異人たちの館では、幻聴が聞こえるほど子どもを待ち焦がれる、これまた訳ありげな女性の描写。
クリムゾンの迷宮では、音の表現からゆっくり状況が表現されていきます。これまで紹介してきた作品とは対照的に、なかなか今、何が起きているのかが明らかにされません。
ただ、明言はされていなくともどうやら屋外で寝ているらしい、という異様な状況が飲み込めていきます。主人公の藤木も突然見知らぬ地で目覚め、混乱しているというシーンです。
この作品では、藤木と同じように周囲の情報を集めていくため、あえて全体ではなく細部から描写がされていくという導入です。
3作とも、強烈なインパクトを与える書き出しとは違いますが、短い間にこの先何かが起こるという予兆を感じさせます。
静かなオープニングでも、狙いをもった描写をすることでじわじわと期待感の湧きおこる導入にできるということが分かります。
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世界観で惹きつける編
最後はこちら。導入の仕方ひとつでその作品の空気、魅力を表現する書き出しというものがあります。この方法はうまくいけば、それだけで作品のファンを作れてしまうような力があります。それでは、実例を見ていきましょう。
彼のことを、私と息子は博士と呼んだ。そして博士は息子を、ルートと呼んだ。息子の頭のてっぺんが、ルート記号のように平らだったからだ。博士の愛した数式
コンビニエンスストアは、音で満ちている。客が入ってくるチャイムの音に、店内を流れる有線放送で新商品を宣伝するアイドルの声。店員の掛け声に、バーコードをスキャンする音。かごに物を入れる音、パンの袋が握られる音に、店内を歩き回るヒールの音。全てが混ざり合い、「コンビニの音」になって、私の鼓膜にずっと触れている。コンビニ人間 / 村田沙耶香
となり町との戦争がはじまる。となり町戦争
僕がそれを知ったのは、毎月一日と十五日に発行され、一日遅れでアパートの郵便受けに入れられている[広報まいさか]でだった。町民税の納期や下水道フェアのお知らせに挟まれるように、それは小さく載っていた。
いずれの3作品とも、短い中にその作品の世界観が凝縮されています。
博士の愛した数式では、頭が平らだからルートという、博士以外の誰にも思いつかないようなネーミングセンスからの始まり。
博士のキャラクターが分かるだけでなく、この作品を包む微笑ましい感情がわずか2行ほどで表現されます。
ちなみにこの後も冒頭のシーンは続くわけですが、本当に秀逸で美しく、温かい描写が続きます。
多くの読者に愛されているように管理人も大好きな作品であり、うっかり一度冒頭を読み始めたら止まらくなってしまいます。再読の際は、下手したらこの4ページほどの冒頭だけで泣けます。
こんな作品を書いてみたい…と切に思わせてくれる名作ですね。
続いては芥川賞も受賞したコンビニ人間。コンビニの音について、ここまで書くかという描写ぶり。そしてそれを総合して「コンビニの音」と定義する。
考えたことがなかったけど、なるほど確かに誰でも知っているコンビニのあの質感、空気は、コンビニの音と名付けてもいいかもしれない。そんな妙な説得力を感じます。
そして身近な題材でありながら盲点ともいえる視点が持ち込まれたからこそ、その続きに対しての期待値が上がっていき続きを読みたくなります。
最後はとなり町戦争。これ、完璧な掴みじゃないでしょうか。町の広報誌で知らされる、しかも町同士という小さなスケールの戦争。
なんと、この後の描写で主人公はとりあえず通勤経路の心配をするんですよ。
日常の中に非日常が現れた…という定石ともいえる展開かと思えば、意外と日常から抜け出さない。
そしてそれこそが、となり町戦争の世界観であり魅力です。確かに戦死者も出ているはずなのに、どこか現実感がない。
世界観を提示するとともに読者の興味も惹く、理想的な導入です。
この導入をするには前提として、魅力的な世界観が必要なわけですが…いい作品というものは、いずれも作品からにじみ出る世界観というものがあるはず。
短い文で世界観を魅力的に伝えられるということは、その時点で読者に愛される資格のある作品といえるのかもしれません。
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おわりに
4つのパターンに分けて、各作家さんの書き出しを見て頂きました。どんなに優れた作品でも、読んでもらえなければ意味はないわけで…投稿サイトなどでは特に冒頭の数行に魅力がなければ離れていってしまう読者が多数です。
多少ほかのページを差し置いてでも、冒頭には力を入れる価値があります。管理人自身も悩むところではありますが、できるだけ早く読者を掴める書き出しというものを模索していきたいものです。
本日の記事は以上になります。最後まで読んで下さりありがとうございました!@女子高生の無駄づかいのドラマにはまりつつある管理人kei