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いろんな作家さんの描写から学ぼう ~パターン別、建物など情景描写を有効に使う編~

プロの作家さんの描写を見て学ぼうというこの企画。

久しぶりになってしまいましたが、今回はつい単調になってしまいがちな建物や風景描写を、物語のために生かす書き方について取り上げていきたいと思います。

ちなみにこのシリーズの他の記事は↓からどうぞ!

建物の描写において大切なこととは?

今回は建物の描写にスポットを当ててみたいと思います。

建物を描写する際、どこまで細かく書くべきなのか悩むことはありませんか?

あるいは、全然書かなくて想像にお任せでもいいんじゃないかとか、なんのために描写をするのかを改めて考えるとよく分からなくなったり。というのは、管理人もよくある現象です。

テーマをより具体的にするために『建物』に限定しましたが、風景や情景の描写にも同様のことが言えるかもしれません。

そこでプロの作家さんが書かれた、特徴的な建物の描写を集めてみたところいくつかのパターンに分けられることが分かってきました。

ここを読み解くことで、一口に描写といってもさまざまな狙いを含むことができるということが見えてきます。

というわけで口上はここまでにして、以下は実際に作家さんの描写を引用しつつ手法を探っていきましょう!

 

 

建物の描写パターン① 描写から暗に背景をにおわせる

十角館の特徴はその名のとおり、十角形ーーそれも正十角形ーーを地に描いた外壁の形状にある。この外まわりの大きな十角形の内側に、中央ホールの小さな十角形を嵌め込み、それぞれの十個の頂点同士を直線で結んで十個のブロックを作る。云い換えればこれは、中央の正十角形のホールのまわりを、ちょうど十個の等脚台形の部屋が取り囲んだ形である。これら十個の台形のうちの一つが、彼らがいま通ってきた玄関ホールだったというわけなのだ。

ーー 十角館の殺人/綾辻行人

 

ひとつ目はミステリーの名作として名高い、綾辻行人さんの十角館の殺人から。

事件の舞台となる十各館に、登場人物たち一行が初めて訪れたときの描写です。

いかがでしょうか? 情景が浮かびましたか?

管理人は……浮かびませんでしたw

いや、正確に言えば、すぐには浮かびませんでした。時間をかけて想像していけば頭の中で描けるとは思いますけどね。

でも本作を読んだ際、時間をかけて想像するようなことはしませんでした。なぜって……見取り図がついていますから!

ミステリーをよく読まれる方はご存知だと思いますが、ミステリー作品にはこうした部屋の見取り図がつくことは珍しくありません。

もちろん見取り図を頼って描写するのは本末転倒ですので、だから描写がどうでもいいというわけではないんですが…

管理人の想像ではこの描写には、単に十角館の構造を説明する以外の意図があったのではないかと思うんです。

読んだ方は思いませんでしたか? 「十、十って何回連呼するんだ!」と。

ちょっとしつこいと感じたり、偏りすぎているんじゃないかと首を捻るような描写です。

そして、すぐ次には登場人物の一人であるエラリィが言います。
白塗りのテーブルの端を、こつんと指で叩いて、

「これも十角形だ。驚いたもんだね。殺された中村青司には、もしかして偏執狂(モノマニア)の気があったんじゃないかな」
あまりにも十角形に固執した館に、ドン引きしているわけです。

ここで読者の思いと登場人物が見ている心境が重なります。十角館の異様さ、中村青司という人物の偏執っぷりが物語全体に影を落としてくることに。

十角形に対するこだわりを描くなら、つい細部の十角形をいくつも描写してしまいそうですが、そうせず地の文にしつこく『十角』と入れることで自然と異様さが読み手の頭に入ります。

長々と言葉で説明するのではなく、読んでいると気が付けば異様さを感じている。そして、読者はこれから起こる惨劇の予感に引き込まれていく…

なにげない描写ひとつでも、物語のテンポを損なわず、且つしっかり匂わせることができるという例ではないかと思いました。

 

 

建物の描写パターン② あっさり、でも伏線はしっかりと

西武池袋線沿線の、三階建ての小さなアパート『スロウハイツ』。昔は旅館だったという古い建物は、クリーム色の壁の表面がところどころひび割れている。そんな中、三階部分と屋根だけがまだ新しくきれいだ。

ーー スロウハイツの神様 / 辻村深月

 

お次は辻村深月さんのスロウハイツの神様からのワンシーン。

作品タイトルからも分かるように、「スロウハイツ」という存在はこの作品の舞台であり非常に重要な意味をもつ場所です。

そんな重要な場所スロウハイツが初めて登場するシーンですから。さぞかし外観も綿密に描写がされる……かと思いきや。

2行あとではこんな描写になります。
玄関を入ってすぐ、「おめでとう、環」と声がして、正義がピストル型のクラッカーをパン、と鳴らす。
と、すぐに動きのあるシーンに入っていくんです。

これは、物語の序盤で読者の関心が途切れてしまわないよう、テンポよく話を進めることを大切にした結果ではないかと思います。

現に、もう少し後の場面になるともっとスロウハイツがどういう場所か詳細に描かれる場面が出てきますので。

まだ物語がどう進んでいくのかを読者が掴んでいない時点で、部屋が何部屋でどんな場所があって…と説明しても読み手は萎えてしまう可能性が高いですもんね。

ですが、じゃあ何も印象的な描写していないかというとそんなことはありません。

『三階部分と屋根だけがまだ新しくきれいだ』

とあります。ちょっと気になる文ですよね。 なんで三階だけ…? と気になりつつも、すぐにクラッカーが鳴るというシーンに進むため、読者は謎はさておき読み進めていくことになります。

この冒頭のさりげない描写の謎は、あとでちゃんと解けます。伏線ってやつですね。

単調になりがちな描写を、大枠だけ表現して詳細を後にするというのは建物だけに限らず参考にしたいテクニックです。

これに加え、たった一行さらっと違和感を残すことで、建物の印象付けと謎が解けたときのカタルシスとを両取りしているシーンといえるのではないでしょうか。

 

 

建物の描写パターン③ 建物の描写で人物を引き立てる

 中央に、前の戦争で使った戦争のゴミがある。錆びているが、それでも深緑のいい色をしていることが薄明かりの中でもまだわかる。ペロッチもアールも、ほかのロボットたちも、この戦車で遊ぶのが好きだった。

戦車の高い大砲の先に立ち、器用にバランスを取りながらアールが歌う。俺は、いつもそんなアールをここから座って眺めていた。

ーー V.T.R / 辻村深月

 

 

3つ目のパターンは、建物の描写を使うことで人物をより引き立てる方法です。

例文を見ると、戦車のゴミという退廃的なイメージの中、ヒロインのアールが歌うことで彼女の愛らしさが際立ちます。(戦車が建物かというツッコミは…広い心で捉えて頂けると幸い)

この例文の元となっている「V.T.R」という作品はちょっと特殊で、辻村深月さんが架空のチヨダ・コーキという作家の作品として書いた一作です。

なぜそのようなことが起きたかというと…パターン②でご紹介した例文元「スロウ・ハイツの神様」のスピンオフ作品だからなんですね。

あくまでスロウ・ハイツの神様の中に出てくる作家チヨダ・コーキが書いた作品。だから、辻村深月さんの他作品とは全くの別人が書いているかのように表現やスタイルが異なります。

最も分かりやすい違いとして、多数の辻村深月作品が一般文芸であるのに対し、本作はライトノベルに分類される作品でしょう。

殺し屋やロボットが登場する架空の町で、それぞれの人物のリアルな掘り下げよりも、キャラクター性を全面に押し出した構成となっています。

だからこそ例文の、映画やアニメのワンシーンとして映えそうな描写がより有効だったと考えます。

もちろん、ライトノベルではない一般文芸の作品でもこのような描写は有効だと思いますが、頻度や度合いを考えて使わないと滑稽になってしまったり、嘘くさくなってしまう恐れがあります。

このあたりは使う側の采配次第だと思いますが、ともかく、V.T.Rの世界観の中でアールというヒロインはとても印象深い人物として描かれます。

物語の中心はほぼすべての作品において、結局のところ人物ですので。

地味になりがちな建物や風景の描写も方法ひとつで、人物を引き立てることができるという好例かと思います。

 

 

パターン④ 徹底的に建物を描写し圧倒して引き込む

路地に並ぶ家の壁のあちこちに赤い×印がついている。その下に、「小動物死亡確認箇所」の文字、軒下にはクリスマスツリーに使う豆電球が下がっている。アスファルトはほとんど剥がされて道の両側に積まれアルミ箔で被いがしてある。露出した粘土質の土は雨に濡れて歩きにくかった。家並が途切れて、広い道路を横切り公園に出た。枯木の向こうに十三本の超高層ビルが現れた。

ーー コインロッカー・ベイビーズ / 村上龍

 

最後はこちら。ド直球に建物を描写して読者を引きこむ方法です。

これはなかなか難易度が高い手法かなと思いました…(①からどれも難しいんですが)

なにせ、単に建物や情景を説明するだけでは普通は面白くならないわけです。それでも読ませる文にするには、作者がどこに焦点を当て、どのように表現するかの力量が重要になってきます。

実はこのテーマにおいて、コインロッカー・ベイビーズから引用するべきか迷いました。

そもそも、小説は最初から最後まで読んで成立するものですから、引用すること自体に気が引けるところがあるわけですが…

コインロッカー・ベイビーズに関しては、どの場面も物凄い情報量で鮮烈に描写されており、また途切れなくストーリーが展開していくため、ここからここが建物の情景、と区切るのが難しいんです。

それでも結局引用したのは…やはりこのテーマを扱う上で無視はできない表現の宝庫だと感じたからです。

 

例文を見てみるとどうでしょうか。それまでの経過が何もないのに

 
  1. なんかやばそうな場所である
  2. スラムのような、裕福ではない人たちの場所っぽい
  3. なんとなくジメジメしてそう
 

こんなイメージが浮かんできたのではないでしょうか。もっといろんな情景が浮かんできたという方もいると思います。

これだけの情報が、実感を伴って伝わってきます。さらに、これだけリアルなのに月並みな言葉じゃないというずば抜けたセンス。

ちょっとマネできない世界じゃないでしょうか。

コインロッカー・ベイビーズは、本当に引用するのが恐縮なほどこうした表現で溢れています。気になった方、自作の参考にされたいという方は、ぜひ一度手に取って全編を読んでみてはいかがでしょうか。

※ そういう管理人は、この記事を書いた時点で読了できずにいます…濃厚すぎて。詳しくは↓の記事にて。  

 

まとめ

以上、建物の描写テクニックを4つのパターンに分けてご紹介しました。

どれも共通していえるのは、印象深い表現には作者の狙いがあるという点ではないでしょうか。

漠然と書いてしまうと、読み手からしてもなんとなく読み流すシーンになってしまいかねませんが、作者が明確な狙いをもつことで意味のある描写となりえます。

建物や風景はつい説明っぽくなってしまったり、平坦で無味な文章になってしまいがちです(管理人経験談)

だからこそ、うまく活用されている方のお手本を参考に、狙いをもった描写ができるようになっていくと作品全体の質向上が期待できそうですね!

 

本日の記事は以上です。最後まで読んで下さりありがとうございました!@チコちゃんに叱られたい管理人kei



↓今回の参考図書↓